追悼川田亜子アナ

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鬼畜と呼ばれた男の近況

コメント欄で、はせおさんに教えてもらいました。谷口についてサイゾーに記事が出ています。 


エビちゃんの結婚については、かつてスポーツニッポンがスクープしたが、所属事務所の幹部がこれに激怒。担当記者を出入り禁止にした。

「この幹部は、フリーアナの故・川田亜子さんの自殺に関わった人物と言われて信用を失っていた。エビちゃんの結婚スクープを潰すことで、威厳を回復しようとしたんです。その後、ドンの意向で改めて宮根にスクープさせることになったんですよ」(大手プロ幹部)

卑劣な手段で、何人もの女性の人生を狂わせ、死に追いやった鬼畜が、何の罰を受けるわけでもなく、ヤクザもどきの恫喝商売をあいも変わらず続けているようです。サイコパスに回復すべき威厳などありません。川田さんの三回忌をこの鬼畜は何を思いながら迎えたのでしょうか。



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谷口元一 | コメント:3 | トラックバック:0 |

献花にいってまいりました

献花にいってきました。何度いっても苦手な場所です。酔客がたむろする田町駅から少し離れると、突然富裕層向けの豪勢なマンションが立ち並んでいます。しかし、そこも抜けると、寂れた倉庫街へ。谷口やテイラーも、そして川田さんもあの手の豪華マンションの住人だったのですが、一人川田さんだけが、さびしい倉庫街で一人命を絶ってしまった・・・豪華マンションと倉庫街のギャップが胸に迫ってくるのであそこは苦手なのです。もっとも、亡くなられた場所にまで行き着くとむしろほっとしました。たくさんの献花がすでにありました。みなさんもこの日を忘れていなかった。亡くなられた場所前にあった倉庫はすでになくなっていました。新しくマンションでも建つようですね。あの場所も少しづつ変わっていきますが、私たちの思いに変わりはないのだと信じています。

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追悼川田亜子さん | コメント:0 | トラックバック:0 |

川田さんのメール

テイラー氏が裁判所に提出した準備書面を閲覧していたら、川田さんが送ったメールが載っていました。内容を紹介します。ちなみに裁判の準備書面等は、東京地裁の14階で誰でも閲覧できます。免許証などの身分証明と印鑑が必要になります。事件番号は、平成20年(ワ)25750号になります。本件はテイラー氏から、谷口への損害賠償請求事件ですが、谷口が、テイラー氏に、一千万円の返還請求を反訴として提出し、現在併合審査が行われています。この件については、別記事で、準備書面等の内容を紹介する予定です。

川田さんは、テイラー氏の原爆の火の企画をテレビ局に持ち込もうとしますが、企画書がうまくかけず、プロの手にゆだねることにしました。以下は、上野さんという方に企画書の執筆をお願いし、あがってきた企画書を読んでいたく感激した川田さんが、上野さんに出したメールです。川田さんのこの仕事への入れ込みようは尋常ではなかったようです。川田さんの純粋さ・生真面目さ・繊細さが伺える文面です。このような方が、追い詰められて、絶望して死を選んでしまったわけですね。他方で、他人にどこまでも残酷になれるエゴの塊のような連中はまだぬくぬくと生きています。人は罪深いものです。

まだ私の気持ちが高ぶっているので、よく分からない文章になってしまう事をお許しください。(略)神秘的で深いブルーの表紙が開かれた時、興奮を抑えきれず、自分の心臓の鼓動が大きくなるのが聞こえました。その高ぶる気持ちのまま、一気に最後まで読ませていただきました。最後のページを読むときには、涙で文字がかすんで見えました。一ページ一ページ、テーマ事に何を伝えたいのか、何が撮れるのか?分かりやすく伝わってきました。そして最後に・・・・のページがかかれてありました。メッセージがエモーショナルな部分にぐーっと響いてきて、とても印象的でした。ここの部分は読む方すべての人に伝わってほしいと切に願います。 つたない私の企画書からこんなドキドキする、そして訴えかける企画書を書いていただき、上野さんの企画書を読んで胸がいっぱいになってしまいました。 感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございます。


追悼川田亜子さん | コメント:3 | トラックバック:0 |

また命日が近づいてきた

お久しぶりです。ブログの管理も事実上放棄していました。改めてブログを見るのはちょっと恐怖心というか、勇気がいるので逃げていました。また少しずつ更新していきたいと思います。さて、二周忌(この言い方はありませんが)が近づいてきました。献花にいかれたい方は、前の記事で場所を確認してください。ただ、亡くなられた場所前にあった倉庫がなくなって、新たにマンションが建っているという話を聞きましたので注意してください。月日が経つのは早いものですね。町が変わり、人々の記憶も薄れていく。私もブログを放っておいた間はあまり考えないようにしていました。しかし5月25日という日を忘れることは今後も決してないでしょう。
追悼川田亜子さん | コメント:2 | トラックバック:0 |
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